〜目指すもの〜 <海堂さんちの薫さん>


青学…俺にとってはどうにもこうにも気になる視線が多すぎる所だが、
とりあえずそれは今は置いておくしかない。
何たって、いよいよ練習試合が始まるのだから。
しかし、いくらなんでもヤバいんちゃうんか、これ…。


試合前、部長から発表されたオーダーはとんでもなかった。
ダブルスは別に問題ない。
ダブルス1は森さんと内村さん、ダブルス2は桜井さんと石田さん、
といつもの無難なパターンだから。
問題は、シングルスだ、シングルス。

何だって俺がシングルス3なんですか、部長!?

…当然ながら2年の先輩方もこれには驚いていた。
神尾さんは「何だってを?!」と声を上げるし、伊武さんは全く納得がいかない
という風にひどくぼやきだすし森さん、内村さん、そして石田さんは硬直するし。
もしかしたら出ることになるかもしれないぞ、と俺に忠告していた桜井さんですら
開いた口が塞がらない、といった様子だった。

肝心の俺自身はしばし状況が認識できず、金魚よろしく口をパクパクさせていた。

「橘さん、愚問とは知りつつも伺いますけど…本気で言うてはるんですよね?」

一応、聞いてみたり。

「他に何かあると思うか?」

素敵な反語で答えて下さって有り難う御座います、部長。
これで俺の運命は決まった。最早、嘆くしかあるまい。



そんなこんなを交えながら練習試合は始まったかと思えばえらくサクサク進んだ。
気がつけばダブルスが2つとも終了し、シングルスの試合に入る。

シングルス3に出るように命じられた俺は当然、先発だ。
試合前に靴紐を結びなおしながら俺は泣きそうだった。
よもやこういう事態になってしまうとは…はっきり言ってピンチやん。

「おいおい、大丈夫か? ガッチガッチじゃねーか。」

ベンチに座っていた神尾さんが俺の肩を軽く突っついた。

「しょうがないんじゃない、がこっち(東京)で試合すんの初めてだし、
相手は青学だし、てゆーか今1勝1敗だしね、負けたら苦しいよね、大体
何で俺じゃなくてなのさ…」

神尾さんの隣で伊武さんがぼやくが、俺はそれに構わずノロノロと立ち上がった。
気が遠くなりそうだった。一体、自分の相手は誰になるんだろう。

「どうやら青学は海堂を出すようだな。」

青学側のベンチをじっと見つめていた部長が呟いた。

「何ィーッ!?」

俺が何か言うより早く神尾さんがその名に反応した。

「かいどー?」

俺が首をかしげると神尾さんは、ほら、あの!と青学ベンチを指差す。
その指の先には何と、あのバンダナお兄さんが居た。

「あそこの目付き悪い奴!あれが青学の海堂薫だよ!」
「へー、あのお兄さん、海堂さんって言うんや…」
「あのマムシ野郎…今度対戦したら只じゃおかねぇ…」
「マ・ム・シィ〜?何ですか、それ?」
「あいつはな、」

神尾さんは苛立ちを隠せない顔で答えた。

「スネイクってゆー変化球技を使うんだよ。しかも"フシュー"とかいう癖があるしな。
人の体力ジワジワ削っていたぶるヤな野郎だよ、正にマムシだな!」

どうやら神尾さんは海堂さんに対して何か含むところがあるらしい。

「…『薫』って響きのよい名前をお持ちやのに、『マムシ』と呼ばれるとは
お気の毒に。」
「あいつに『気の毒』なんて単語はいらねーんだよ! いいか、。」

神尾さんは人差し指を俺の目の前に突きつけた。

「俺の代わりにあのマムシをこてんぱんにのしてこい、いーなっ!」
「はぁっっ?!」

唐突な要求に俺は思わず声を上げた。

「ちょ、ちょっと待ってください。何で俺が神尾さんの私怨を
晴らさなあかんのですか、ご自分で始末つけてくださいよ!!」
「うーるせー、グダグダ言わねぇでやってこい!いーか、こりゃ命令だ!!」
「そ、そんな〜」
「おい、

桜井さんが口を挟んだ。

「もうコートに入らねぇと。」

……………………。プチ。
とうとう俺の中で何かが切れた。

「だぁぁぁっっ!もうーっ!!」

俺は髪をかきむしった。

「わかりましたよ、どーせ逃げられへんし!!やるだけやってきたるっちゅーねん!!
ほな、皆さん、俺は行って来ます!!!」

何やらポカンとしている先輩方を尻目に俺はラケットを引っつかみ、
勢い良く戦場へと駆け出した。
誰かが「が…切れた…」と呟いたのが聞こえた気がしたが
気にしないことにした。



コートで見る海堂薫という人は外見で言えば「マムシ」の異名に
相応しい人かもしれない。
ユラ〜ユラ〜と体を少し左右に揺すりながら歩く様は蛇が
鎌首もたげてるみたいだし、 ちょっと厚めの唇から漏れるフシュゥゥゥという密度の
濃い息がますます彼を蛇っぽく見せている。

実際、ネットを挟んで向き合うとその大きめで釣り上がった目が明らかに
獲物を狙う爬虫類のそれだった。

「てめぇ、あん時の…」

試合前、握手した俺を見て海堂さんはそう呟いた。

って言います。どうぞ、よろしゅう。」
「フン…」

海堂さんは鼻を鳴らした。

「見たとこ1年か。越前みたいのならともかくおめぇみたいなのが相手とはな。
外で騒いでるような行儀の悪いのを出すとは、俺もなめられたもんだ。」

ムッ…。自分のの顔が自然に歪んだのがわかった。
自分の行儀の悪さを指摘されたのは仕方が無いが部長のことを
そう言われるといい気はしない。
故に次の瞬間、俺はこう口走っていた。

「試してみますか?」

静かな空間に俺の声がリーンと響く。

「なめられてるんかそうやないんか。」

海堂さんの表情がたちまち険しくなった。
青学、不動峰両ベンチが動揺するのが聞こえる。
俺はちょっとまずいことをしでかしたかな、と頭の端でボンヤリと思ったが
すぐにまぁええわ、と思い直した。

フシュゥゥゥゥ

「いい度胸だ。」

海堂さんが言った。

「この俺に喧嘩を売ったこと、後悔させてやる。」
「後悔なんかせえへん、絶対に。」

俺の挑発的な台詞に海堂さんの眉間の皺が深くなる。
これでいい。俺はラケットをぐっと握り締めた。こうやって自分を追い込んで
釘をさしておけば、何があっても絶対諦めないでやっていける。

その後、手早くトスが行われ、サーブ権を獲得した海堂さんは自分のコートへ
移動した。
両者がラケットを構える。

そして…戦いの火蓋は切って落とされた。

To be continued...


作者の後書き(戯言とも言う)

えーと…主人公がヤケクソ起こして切れちゃいました。
元ネタではもっと緊張してて正に「蛇に睨まれた蛙状態」だったんですが…どこで間違ったんだろう。

結果的に海堂少年にわざと喧嘩売って自分に釘をさすという行為をするとこは
変わってないのですが。

しかし実際にこんなのがいたら本当感じ悪いことこの上ないですね(苦笑)

さて、次回は話が青学レギュラーからの視点になります。宜しければお付き合いください。


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